自分が恐れているものはなにか?

02/26
アメーバブログに、深く広く根を張ること、のような題で記事を書き、香港のピアニストの方にお褒めをいただいた。

人間関係、家族関係(親子、夫婦)、勉強、キャリア、実績、健康、技術etc。いろいろなものは人それぞれで、人をうらやむことも正直ある。

例えば、私の直前に同じ会場で夜のコンサートを開かれた方がいた。演奏も素晴らしく、分量も私の予定しているものの倍くらいあるし、常連のお友達もたくさん来ていて、お話も上手で、いやはや次がやりにくいじゃないか!というくらいのショーを拝見したのだ。

でも、その方は、以前からこういう活動をされていて、レパートリーも多いし、人生経験も逆立ちしても勝てないくらい長いし、その分、人脈の広さも違って当然なのだ。

だから、私がうらやむのははなはだ筋違いなのだ。

深く広く根を張っているものは、自分を支えてくれる。大木になっても根となってくれる。もし浅く、狭い根しかないのに、広く枝を広げようとすれば、倒れる。とにかく、長続きしない戦略なのだ。

だから、私はまだまだ活動を始めようとしたばかり。これから根を張って行こう。自分の未熟さを受け入れて、焦らず、時間をかけていけばいい。

受け入れた弱さは、強さになる。


では、恐れていることは何から来るのか?おそらく受け入れていないこと、認めていないこと、見ようとしていないことだ。

または、恐れなくていいのに、とりあえず見えないから恐れていること、かもしれない。つまり事実とは異なることへのおそれ。存在しないものは取り除けない、というあれだ。

または、いろいろ吹っ切れたかに見えた自分が、あらためて取り組もうとしている、新しくて懐かしいこと。そう、かつて慣れていたことに、またバージンのようにおびえているのだ。

では、それは好ましくない恐れなのか?そうでないと思いたい。新しい経験を、ほんのちょっと恐れつつ、待っている。変化できること、挑戦できることを待っている。

ならば恐れは悪くない。変化を直観が予測しているからだ。次のページをめくったら、大変なことになっているかも!!とスリリングな小説を読んでいる時のようだ。

もし、どうでもいいこと、何も自分にもたらさないことなら、恐れなど感じないだろう。絶対主人公が死なない映画を見ているかのようだ。

自分の中で新しい小説が始まろうとしている。って大げさだけど、恐る恐るページをめくるあのドキドキだ。

今朝も4時前に目が冴えてしまって、そのまま起きていた。どんだけ繊細なんだろう、自分。

さすがにいろいろ待ち受けていてくれるんだろう、自分を。





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かおり

Author:かおり
アレクサンダーテクニーク研修生によるピアノレッスン
グランドピアノと演奏に役立つ解剖学を使ってレッスンをしています。
HP kaorikitagawa.jimdo.com
もっと上達したい、いい音を出したい、楽に弾きたい、練習しても思うように弾けないというを方を、ピアノを弾く立場からナビゲート致します。

私自身、幾度も行き詰まりながら、再びピアノを弾けるまでに復活し、念願のオーケストラとの共演も果たしました。

アレクサンダーテクニーク教師養成コース研修生として、美しい音と心と体にやさしいピアノ演奏を探求中。
Body Thinkingコーチ。

クラシックをメインに、ソロコンサートなど演奏活動をしています。

TOEIC970・日英通訳。

ジュリア・キャメロンのモーニングページ、アーティスツウェイを唱道しています。

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