自分が恐れているものはなにか?

アメーバブログに、深く広く根を張ること、のような題で記事を書き、香港のピアニストの方にお褒めをいただいた。

人間関係、家族関係(親子、夫婦)、勉強、キャリア、実績、健康、技術etc。いろいろなものは人それぞれで、人をうらやむことも正直ある。

例えば、私の直前に同じ会場で夜のコンサートを開かれた方がいた。演奏も素晴らしく、分量も私の予定しているものの倍くらいあるし、常連のお友達もたくさん来ていて、お話も上手で、いやはや次がやりにくいじゃないか!というくらいのショーを拝見したのだ。

でも、その方は、以前からこういう活動をされていて、レパートリーも多いし、人生経験も逆立ちしても勝てないくらい長いし、その分、人脈の広さも違って当然なのだ。

だから、私がうらやむのははなはだ筋違いなのだ。

深く広く根を張っているものは、自分を支えてくれる。大木になっても根となってくれる。もし浅く、狭い根しかないのに、広く枝を広げようとすれば、倒れる。とにかく、長続きしない戦略なのだ。

だから、私はまだまだ活動を始めようとしたばかり。これから根を張って行こう。自分の未熟さを受け入れて、焦らず、時間をかけていけばいい。

受け入れた弱さは、強さになる。


では、恐れていることは何から来るのか?おそらく受け入れていないこと、認めていないこと、見ようとしていないことだ。

または、恐れなくていいのに、とりあえず見えないから恐れていること、かもしれない。つまり事実とは異なることへのおそれ。存在しないものは取り除けない、というあれだ。

または、いろいろ吹っ切れたかに見えた自分が、あらためて取り組もうとしている、新しくて懐かしいこと。そう、かつて慣れていたことに、またバージンのようにおびえているのだ。

では、それは好ましくない恐れなのか?そうでないと思いたい。新しい経験を、ほんのちょっと恐れつつ、待っている。変化できること、挑戦できることを待っている。

ならば恐れは悪くない。変化を直観が予測しているからだ。次のページをめくったら、大変なことになっているかも!!とスリリングな小説を読んでいる時のようだ。

もし、どうでもいいこと、何も自分にもたらさないことなら、恐れなど感じないだろう。絶対主人公が死なない映画を見ているかのようだ。

自分の中で新しい小説が始まろうとしている。って大げさだけど、恐る恐るページをめくるあのドキドキだ。

今朝も4時前に目が冴えてしまって、そのまま起きていた。どんだけ繊細なんだろう、自分。

さすがにいろいろ待ち受けていてくれるんだろう、自分を。





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