きたがわ かおり アレクサンダーテクニーク教師(仮免許)

自分の邪魔をする、成功を避ける無意識の罠

楽しいはずの創造的な生活にたまに訪れる魔の誘惑。 

大事な演奏の前に

飲みに誘われる→これ幸いと参加  
旅先で薪割りしている人発見→自分もやらせてもらう
(ただし平素からやっていることならOKです) 
なぜか本番前に楽器を調整に手放す

ついでに、 
女性なら、お見合いの前に元彼から”久しぶりに会わないか”と電話が来る、
などもそうです。 
 注:冗談抜きに絶対行ってはだめですよ。 

まあ練習も体調も万全なら、飲み会くらい平気だと思うんですけれど、やったことのない薪割りをギグ(本番)の前にやるのは、ピアニストにとっていかがなものでしょう。 

何が言いたいかというと、大事な時ほど、なぜ今それをやる?という行動をとってしまう人がいるということです。にわかに信じがたいことですが、自分で自分の(成功の)邪魔をする人がいるのです。 

大事な楽譜、作品、書類の上にコーヒーをこぼしたり。

偶然? ”ついうっかり” ですって?
 

いえいえ、普通は大事なものの上でコーヒーを飲んだりしません。
必ず被害の及ばないところに置くはずです。 

そろそろ調整の時期だから? 
いえいえ、やろうと思えばもっと早めにできたはずです。or もう少し後でも構わないと知っていたはずです。 

つまり無意識にしっかり自分が不幸になるように仕向けているのです。 

あ、こぼしちゃった。
練習できなかった。
指を切ってしまった。 
だから作品がだめになってしまった・・・

そう自分を欺く時の人間の演技力は、悲しいかな、抜群です。 

上手くいっている時、上手くいきそうな時、ちゃんと自分で幸せの収支がプラスにならないように帳尻を合わせているんです。 

最初は普通に進んでいる。

このまま行けば上手くいきそう。(上手くいったら困るという無意識発動)

無意識にでも意図的によくないことをする。 

そして結局直前でばたばたして、なんか失敗する。 
↓ やっぱり自分はだめよね・・・

今度こそ頑張る!と誓う 

振出しに戻る 

なんかむなしく聞こえますね。
悲しいことに実際にはかなりよく起きることなんです。 

自分を不幸せにして安心するという傾向を、ある種のサバイバル術として小さいころ頃から身につけてしまうことがあるのです。 

ちょっと不幸なほうがみんなが同情してくれる。 
あまり成功しない方が人から妬まれない。 
浮かれていると、ちゃらちゃらするな、静かにしろと、お母さんに怒られる。 
練習して失敗したら悲惨だけど、練習しないで失敗するなら傷つかなくて済む。 
病気をちゃんと治さず、不幸アピールのネタを温存しておく。 
わざと、無意識かつ意図的にダサい服を着る。 
自虐できるネタを常に作ってしまう。 

でもそれで得られるのは、嫌われない、怒られないことであって、
好かれたり、成功することでは決してありません。

失敗して同情されて、嫉妬されない、
くらいに終わるのが関の山です。 

天然でドジをしてしまうことはノープロブレムです。 
でも、誰からも嫌われないけど好かれもしない。
なによりわざと不幸になろうとする。
そんな生活、楽しいでしょうか?
人生一度きりなのにそれでいいのでしょうか? 

またやってしまったという自分への不信感と、幸せを逃した後悔は、心のどこかに必ず積もっていきます。 

人は得するより確実なリスクを避ける、という本質があるのでこれまた厄介です。 

自分こそ自分の最大の支援者なのです。あなたのアート、人生を守るのはあなた自身です。

今日のミッション:巧妙な成功妨害工作にご注意!自分のアートの邪魔はやめよう。

HP

2 Comments

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るみにゃんこ  

とても納得しました

いつも拝読しております。
「魔の誘惑」についてとても納得して、そして新しい発見としてよみました。
そして、新しい疑問が浮かびました。
「“何かを我慢すれば成功する”という自己管理の仕方は有効か?」ということです。
例えば、今現在私は留学準備の為語学と楽器の練習&勉強に多くの時間を割いています。望んでやっていることではありますが、時々辛くなります。辛いの内容は「上達を感じない」「息抜きの仕方がわからない(息抜きすら罪に思える)」そして「辛ければ成果が表れる」と不必要に何かを今以上に加えて我慢したり、「願掛け」的行動に移ろうとします。これと「成功を避ける無意識の罠」との関連があるのかなぁ?と興味が湧きました。

2014/03/13 (Thu) 08:41 | REPLY |   

カモミール  

Re: とても納得しました

るみにゃんこさん、

いつもブログをお読みいただき、またコメントもして下さり、ありがとうございます。

今日は、無意識に害になる事をしてしまう、という行動を取り上げましたが、るみこさんの場合は、”いいこと”だけをして自分に楽をさせない、ということなんですね。

自分はまだまだ力が足りないから、毎日◎◎をがんばらなければならない、と思っていらっしゃるなら、自分とバトルをしていることになります。これはバジルさんとのレッスンで私も指摘されたことです。

そういう戦争を自分としている時、アレクサンダーテクニークは上手く使えるでしょうか?そして、今度こそアレクサンダーテクニークを上手く使ってやる!と思うこともまた罠なのです(^_^;)。

練習や勉強、レッスンを受けること。それがすべて足りない自分を直すためならば、とても辛い日々になってしまうと思います。

このバトルという考え方をやめることは、私にとってパラダイム(世界観)の転換に等しいものでした。

長続きするやり方をとろう、という記事を私なりに書きましたので、24日頃アップします。

また、もうどこかで書いたかもしれませんが、記憶による上達を活かすことについて、また考察したいと思います。練習の休み明けに、ぱっと良くなる、という現象がスポーツ科学でもわかっています。

るみにゃんこさんは、とても大切なテーマを提示して下さったと思います。

ご自分と対話されて、快適な留学準備をされますよう、応援しております。

カモミール

> いつも拝読しております。
> 「魔の誘惑」についてとても納得して、そして新しい発見としてよみました。
> そして、新しい疑問が浮かびました。
> 「“何かを我慢すれば成功する”という自己管理の仕方は有効か?」ということです。
> 例えば、今現在私は留学準備の為語学と楽器の練習&勉強に多くの時間を割いています。望んでやっていることではありますが、時々辛くなります。辛いの内容は「上達を感じない」「息抜きの仕方がわからない(息抜きすら罪に思える)」そして「辛ければ成果が表れる」と不必要に何かを今以上に加えて我慢したり、「願掛け」的行動に移ろうとします。これと「成功を避ける無意識の罠」との関連があるのかなぁ?と興味が湧きました。

2014/03/13 (Thu) 09:23 | REPLY |   

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