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ジュリア・キャメロンの言葉 73 @ツイッター

2014.05.13(06:30) 523

執筆するリリーちゃん!

アーティストとして、私たちは、放蕩な庭師のようにたっぷりと種を撒いてはじめはしっかり草取りをしないくらいのほうが、うまくやれるのです。

自分の中にアーティストのキャリアになるアートが無いと感じる時が創作活動なのです。

アーティストとしてのキャリアの大半は、小さな一筆、日々喜んで”出てきてやってみる”気持ち、で成り立っているのです。

創造性とはやることの中にあります。できたことではなく。

アーティストとして私たちは励ましを必要とします。そして最小限の量であっても、不思議を起こせるのです。

私は年を取りすぎている”というのは逃避戦術です。恐れに直面するのを避けるためにいつも使われるものです。

喪失に打ちのめされたときは、”どうして私が?”の代わりに”次は何をする?”と尋ねることを学びました。”次は何をする?”と喜んで訊ける時私は必ず前進してきました。

どんな喪失も常に、プラスになる可能性があると見られるべきです。

アスリートの競技人生のように、アーティストの人生にも怪我は付き物です。怪我は試合についてきます。要はそれを生き抜くことです。

大きな変化は、小さな増加分が集まって起こるのです。

たった今構築されているかのような、あなたの生活の中でとれる創作上の小さなアクションは何ですか?それをやりなさい。

創作の次のステップに対する大きな疑問の中でのた打つことに溺れていると、小さな答えを見つけられなくなります。

4/11-12にNY市出版とアートカンファレンスの基調講演をする栄誉を戴きました。

アーティストのキャリアの中で、”見込み”について考えることは感情的毒杯なのです。

たいていの場合、次にすべきことはなにか小さなことなのです。

脚本を売るためには、まず1本書かねばなりません。そしてすべての脚本は一度に1ページづつ書かれるのです。

探究の旅は達成に通じます。そしてそのすべてが恐る恐るの小さい一歩から始まるのです。

ピアニスティックノート


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