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どうして会心の作品ができたのか?その境地に至るツールとは?

2015.07.21(16:06) 618

私の母は書道家でした。(今はやめているといういみで、亡くなってはいません)

私が小さいころから習い始めて、
やがて師範の資格を取って教え始めたのです。

時には展覧会みたいなのに、掛け軸に装幀して出品したりしていました。

出展する場合、何回か書いて、どれを出品するか決めるわけです。
そんな時をよく目にしていました。

そういう時、後から書いた方、つまり回を重ねたほうが
必ずしもよく書けているわけではない、と言っていました。

練習した方がうまく書けそうに見えますが、
どうも違うようです。

もうその書を書く技量は十分あるとします。

で、ある時、自己最高、会心の書が書けた!
で、もっとよくなるかと思って、さらに後日も書いたとします。

でも、最初の会心の作を超えるものが書けないのです。

紙が許せば(本番用の紙は高いらしいのですが)何度でも書けるのは書道のいいところだと思っていました。
でも、気合い一発、本当にある境地で書けたものが一番なのです。

あとから二匹目のどじょうを狙ってもダメだったそうです。
気合いかな、と母は言っていたでしょうか。

そういうことは音楽をやる人ならたびたび経験していると思います。

すごくうまく弾けたとき。
同じ人間かよ!と思うほど弾けない時。


アレクサンダーテクニークを学び、やっとその謎が解けました。

つまり、自分の使い方です。

アレクサンダーテクニークでいう、プライマリコントロール。
これは頭と脊椎の関係性が、心身の機能を妨げず、ベストの機能を引きだす力です。

実は誰でも生まれながら持っていますが、使い方を知っている人はごくわずかです。

知らずにできている人もいますが、長年の鍛錬の末、それと知らず会得する人。
一生それを知らずに生きる人。

いろいろだと思います。

プライマリーコントロールは
脊椎動物である私たちなら、だれでも実践は可能です。

やりたいことにその力を生かしたいと願うなら。

境地に達する
ゾーンに入る

そう評されるような動きができます。

もちろん、芸術、スポーツに自分以外の要素はつきものです。
だから自分ではどうしようもできない要素はあります。

でも、自分のできることとして、
自分側でベストを尽くすことは可能です。

音楽、演劇、スポーツだけでなく、
書道をする人、絵をかく人にもアレクサンダーテクニークは有効でしょう。

ピアニスティックノート


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