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何のための教育、勉強か?

2015.12.06(06:30) 730

最近耳にした話です。

高校受験前に

ちょっと物覚え・物わかりのいい子が、
いわゆる短期集中対策だけで
難易度の高い高校に受かった。

一見、無駄なことをせず、
コストパフォーマンスもよさそうなお話です。

しかし、そういう子はえてして入学後学習意欲を失う or
大学入試に苦戦することになる

と。

入学後まわりの実力、授業に追いつかず
勉強が嫌になることも考えられます。

範囲が広く、難易度の高い、記述式の多くなるような
大学入試には対応できないことも考えられます。

これは非常に興味深い事例だと思います。

偏差値をあげて受かる学校のレベルをあげる。
これは受験戦術としては正攻法でしょう。

同じ実力なら、直前に傾向のあった対策をすることは
得点力に即つながるでしょう。

こちらのブログに正攻法の受験勉強法が解説されています。
一念、天に通ず

真の意味で、効率よく偏差値をあげる方法がこれなのです。

5教科の力をむらなくつけるには、
それなりの準備が必要なことがわかります。

ちなみに、大学受験の記事もあり、

センター英語8割をとる勉強法

によりますと、読解力が鍵、とあります。

つまり国語の読解力、英語の読解力。
これを身に着けている人が強いのです。

当然ですが、社会、理科、数学も問題文を理解しなければ始まりません。

冒頭のような生徒にとって、問題は、
一切の蓄積がなく、ノウハウだけ直前に仕込まれたことです。

大学入試とは、いわば一人前の成人と同じ文章を読むことを迫られる場。

真の読解力がそういうやり方でつくでしょうか?
いろんな書籍に触れて得た知識を役立てることができるでしょうか?

ものわかりがよくそれで乗り越えてきちゃったがゆえに、
そういう子はこつこつ本を読んでないんですよね。

だから読解できず、高校の勉強もわからないからつまらない。

たとえ入学できても、
授業がわからないと高校生活ははっきりいって地獄です。

義務教育ではないから嫌ならやらなくていい。
やめてもいいのです。

それでも卒業・進学を求められる。
つまらないから悪い方へ進んでしまう。
学業不振がもとで高校を辞める話は少なくありません。

もし、もっと前から学力をつけ、かつ受験対策もするでしょうが、
自分の実力に本当にあった高校に入っていたなら
そうならなかったかもしれない。

合格後不幸になる。
そういう子もいるのではないでしょうか。

長い目で見て、教育とは
社会で役立つ内容もさることながら、
大人になってもその人が自分で
学び続けられるようにしてあげることだと思います。

苦手科目を強化するのもよし、
傾向対策も効果が高いです。

そういう塾はその指導のプロです。

そこでやる気の高い生徒たちといい先生と知り合い、
上を目指す気になった、という人もいます。

それでもただ下駄だけを履かせてやるような対策は、
本人のためになりません。

少しづつ積み重ねて、考えて、
自分でも理解する喜び。
なにを学べばいいか自分で探せる力。

そういうものは大切です。

自発的な学びにかなうものはないと思うのです。

ピアニスティックノート


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