読者の皆様へ~3回目のコンチェルトを終えて考えたこと~レジリエンス


こんにちは。

ピアニスティックノートをお読みいただきまして、ありがとうございます。


実は初夏から9月のコンチェルトの本番まで、ピアノに集中しておりまして、いわゆるブログ記事をあまり更新できませんでした。

正直、わたしにとって、あまりにも大きな経験を短期間の間にすることができ、何をブログに書くべきかが、毎日のように変わる日々でした。

そういう時こそ書いた方がいいのですが、読者の方には申し訳ありませんでした。

同じ時期に2000字を4か月間に16回提出するというライティングゼミの受講は、自分と向き合う時間となりました。もちろんきつかった(;'∀')ですが、とても楽しかったです。講座主催者の書店さんのウェブサイトに掲載もしていただけました。

さて、今私が考えていることは、6年半のアレクサンダーテクニークトレーニングと何回も演奏した、本番、とりわけこの夏のコンチェルトを終えて、自分がいかに、自分の考え方、受け止め方がいかに変化したかです。


昔の私は、せっかくアレクサンダーテクニークを習っても、悪いところを今度こそ直す! まずかったことが起こらないようにアレクサンダーを使う! と息まいていました。

そういうことは学ぶ動機として悪くないのですが、それは平和ですか? それともバトルですか? とある先生に言われました。自分に優しいことですか? とも。


これはある種のパラダイムシフトでした。なんども、今度こそ失敗を取り返す! という思いに飲まれそうになりながら、自分の面倒を見る、そしてやりたいことをやる、お客様、通訳ならそれを聞く方、レッスンなら生徒さんのプラスになることを考える。

新しい方向性で行動する練習を、日々続けてきました。

アレクサンダートレーニーとしての数年の格闘、英語のスキルアップ、通訳の本番、今回の練習、ピアノレッスン、弾き合い、リハーサル、コンチェルトの本番。


いろいろまた最近もやっていますが、特に今感じるのは、レジリエンスが高まっているなあ、ということです。

本番は、正直いつも通り演奏したわけでも、理想の姿勢で演奏したわけでもありませんでした。

それでもエキサイトを届けたい。お客様も一緒に熱くなってほしい。

ただその思いでした。

そりゃ、練習したとおりに、または練習以上にいい演奏ができたらよかったけれども、
レッスンしてくださった先生の前でそうできたら一番いいですけれど、

誰かによく思ってもらうため、というのは自分の目標ではありませんでした。


あれも私の演奏。これも私の演奏。

と今は考えることができるのです。

誰しも、あの時の自分は最高だった! という演奏をしたことがあると思います。

わたしもあります。

そんな風に今回も思えたら一番いいでしょうが、

その最高の演奏も
That was just my playing.

そして今回のコンチェルトも、
This is just my playing.

と思える自分に気づきました。

自分がやると決めて、その時の最善を尽くしたことに違いはありません。

人の評価はいろいろあると思います。
クラシックのピアノですから、厳然とした評価基準もあるといえばあります。

それでも、あれも私の演奏、これも私の演奏、と同等に認識できるのです。


これはどういうことかというと、
打たれ強い、ということになります。

レジリエンス、というのですが、回復力を意味する英語です。

腐るじゃないですか、だれでも、うまくいかなかったあとは。

わたしも落ち込みますが、長くはないです。

長くても2-3日で、腐るのをやめます。

なぜか立ち直っています。


これは大事なことで、腐ることが趣味、習慣になってしまうと、必要以上に腐るようになるので注意が必要です。

腐らないように被害を最小限にとどめる努力をするか、普段からレジリエンスを鍛えるような習慣をつけるかしておくしかないのです。


どうしてそういう風に変わっていけたのか、私がこれまでやってきたことを振り返ってみます。


まず、アレクサンダーテクニークのティーチングのトレーニングでした。
正解はなく、毎回新しいフィードバックと課題を先生からもらいます。ハイ、できた、とはならない、永遠に学び続ける世界です。

そのアレクサンダー関連のレッスンも数年させてもらっています。ワークショップと個人レッスンをわたしなり提供して、たくさんの方と接することができました。

通訳のトレーニングと通訳の仕事でした。英語なんて、範囲は無限です。どれだけ勉強して、どれだけいざという場で能力を出せるか。毎回自分の極限を試されます。リスニングのトレーニングは今も欠かしません。

ピアノレッスンを受けること、練習すること、演奏することもそうでした。歌い手さんとの演奏、ライブ。ソロコンサート。特に協奏曲では本当にむずかしいことに挑戦していました。特に去年のショパン1番と今年の2番。我ながらクレイジーな選択でした。

そして子育てと教育を受けさせること、家事をすることでした。アレクサンダーの学びの間、息子の都立中受験、私立と都立の高校受験を経験しました。今は週5-6回お弁当を作りながら、進学を目指す子どもをサポートする日々です。

ブログを書いたりホームページを作って更新したり、ツイッターで発信したりすることでした。
このピアニスティックノートは公開している記事が800近く、非公開も含めると900記事くらいになると思います。ツイッターのフォロワーさんは2800ほどになっています。YouTubeには280くらい動画をあげています。

夜寝る前に今日の出来事やよかったことをオンラインの日記に書くことでした。これも数年続けています。

もともとは朝にモーニングページを書いていました。ジュリアキャメロンのアーティスツウェイを実践しています。
当たり前すぎて忘れそうですが、アーティスツウェイはこのブログの原点でもあります。


すべてが、今自分に起きていることの受け止め方を培ってくれました。すべてが、今自分がやっていることの力になっていると感じます。

ピアニスティックノートは、何かを作りたい、自分らしく生きたい、何かを書いたり表現したいという、全ての方へ向けてのものであり、同時に私自身の成長の記録でもあります。

2011年の初夏に始めたこのブログ。7年と4か月たちました。

自分の中でかけがえのない7年だったとはっきりと言えます。


ブログを始めたときはこうなるとは思いもしませんでした。

学びとは、教育とは、結果を予言できないものと言います。

本当にその通りでした。


皆様の中には、英語を話したい、やり直したい、という方もいらっしゃると思います。

やってどうなるだろう? そうも思っていらっしゃると思います。

わかりません、だれにも。

私にもわかりません。

わたしも20代のころ、どうなるかは、わかりませんでした。
それでも、わからないのに学び始めた昔の自分に本当に感謝しています。

幸いわたしの場合、英語は非常に向いていたようで、やればやるほど極めることができました。

なにかを自由に使えるようになるというのは、とても楽しいものです。

もちろん、難しくもあります。量も膨大だったりします。責任もできます。
それだけ難しいことを任せられるのですから、人にはわからない世界を経験します。

それでも、英語をやらなかった自分の人生を想像することはできません。


そんなどうなるかわからない、大海原に、乗り出す。船出することが、学習なのです。

この島に必ず付きますよ、と言える島なんて、近すぎて魅力ないです。


きっと新しいなにかに出会う。

学びへの船出の先にあるのは、まだ見ぬ新大陸の発見なのです。


ぜひ勇気を出して、学習を始めてください。

わたしも最近求められることが増えたので、英語のレッスンをご提供し始めました。
東京で発音からアプローチするワークショップをやっていますので、あたらしいHPをご覧になって、ぜひ参加してみてください。

ピアノでひとかわむけたい、という方も、ぜひあこがれの曲に手を付けてください。

体が動きにくければレッスンでお手伝いします。
わたしもいくつもの壁を越えてきました。

何年もかかりましたが、ショパンのコンチェルトを演奏しました。去年エントリーするまで誰にも言いませんでしたが、高校生のころからあこがれていたものに手が届いたのです。


一度きりの自分の人生です。

みなさまもぜひやりたいことを叶えてください。
応援します。

これからもよろしくお願いします。
ピアニスティックノート きたがわかおり

美しい音を探求するピアノボディスクール
アレクサンダーテクニーク教師(仮)
パーフェクトイングリッシュcurated by Kaori

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